清水富美加問題から見える社会の問題

どうも!コバリオです!

続きを書くつもりはなかったのですが、また清水富美加とか宗教について書きますね。

 

清水富美加と幸福の科学 - 最高にワクワクしませんか?

参考に前回のブログです。


今回の清水さんの行動に対し、様々な批判があったかと思います。
多くの番組で芸能人が批判しているのを目撃しました。


「番組スタッフに迷惑をかけてこんなやめ方はひどすぎる」


ほとんどがこのような意見だったかと思います。

また、坂上忍氏はバイキングの中で、給料が5万円で死にそうになるほど働いていたことについて、

「こんなの俺の時代でもそうだったよ。若手は不眠不休」

と語りました。
これに対してはネットでは批判が殺到しました。
それもそのはず。一体あなたが若手の頃からどれだけ時代は変わっているのでしょうか?
効率よく働こうと言われ続ける社会の中で坂上氏の発言は異質なものになってしまいました。
これは以前のブログでも書きましたが、

ゆとり世代の逆襲 - 最高にワクワクしませんか?

典型的な

「俺の時代はこうだったんだから、お前らは全然楽してる」

と思い込んでいるタイプ。
人は自分の経験してきたことが全てだと思ってしまいがち。
だから若手の行動が理解できなかったり、俺の時代は・・・なんて言ってあたかも自分のみが正しいと思っている非常に危険な思考の持ち主になりやすい。(でもその方が主張ははっきりして視聴者は面白いのかもしれない)

確かに清水さんのこのやめ方は問題があるかもしれませんが、自分の思想信条に合わなくて辛くて死にそうな人に私は「それでも仕事を続けろ」なんて言うことはできません。
彼女のこのやめ方は宗教法人に守ってもらえる唯一のやめ方だったのかもしれません。
本来であれば記者会見するなり、大人な対応があったのかもしれませんが、彼女の心は限界だったことは想定の範囲内です。
よく宗教を信仰している人のことを「心が弱いから宗教にはまる」と考えがちですが、彼女の場合は親の影響で信仰を持っているのです。
それは心が強くなければ難しいことだと思います。
なぜなら宗教には戒律やきまりがあり、その幅で生きていくことは思春期の子供には辛いことが多いでしょう。
ダブルスタンダードで生きることは心が強く、信念がなければできないことです。

人間はどうしても一面的に物事を見がちです。
思い込みや決め付けにより、視野が極端に狭くなってしまうのです。

今回、彼女をただ批判することはあまり意味がないことだと思います。
むしろ幸福の科学の宣伝になるでしょう。
どんなに彼女を批判しても幸福の科学が彼女を守ります。

仮にもし彼女が創価学会員であれば、こんな辞め方はしなかったと思います。
それは創価学会の教えは良くて、幸福の科学は悪いと言っているわけではありません。

単純に宗教法人としての「力」が違います。 


創価学会はすでに芸能界では一定の力を持っています。
お抱えの弁護士も相当いるでしょう。
それだけ芸能人を守る環境が整っているのです。
私は、宗教はどれだけ素晴らしい教えがあるかで選ぶべきかと思いますが、芸能界で活躍するのであれば創価学会に入会するしかないとさえ思ってしまいます。

いずれにせよ、全ての人が自分らしく働き、生きることができる社会が私の目指す最高にワクワクできる環境だと考えています。
踏み込むにくい課題にあえて挑戦し、ひとつひとつクリアしていきたいです!